ヘルメス・トリスメギストスとは何者か?

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ヘルメス・トリスメギストスとは何者か?

一言で言えば、古代エジプトの知恵の神トートと、ギリシャ神話の神ヘルメスが習合(しゅうごう)して生まれた、伝説的な賢者です。歴史上の実在の人物ではなく、神話的な存在とされています。

  • 名前の意味: 「トリスメギストス(Trismegistus)」はギリシャ語で「三倍偉大な」を意味します。これは彼が「偉大な王」「偉大な哲学者」「偉大な祭司」という三つの側面で偉大であったことを示します。
  • 習合の背景:
    • エジプト神トート: 聖刻文字(ヒエログリフ)の発明者であり、知恵、魔術、天文学、数学などを司る神。書記の守護者でもあります。
    • ギリシャ神ヘルメス: 神々の伝令使であり、知識、言語、商業、錬金術、魔術などを司る神。
    • 紀元前4世紀にアレクサンドロス大王がエジプトを征服した後、ギリシャ文化とエジプト文化が融合するヘレニズム時代が訪れました。この時代に、共通の神格を持つトートとヘルメスが同一視され、「ヘルメス・トリスメギストス」という存在が生まれました。

彼は、神々の知恵を人類に伝えるための仲介者であり、錬金術、占星術、神働術(魔術の一種)など、あらゆる秘教的知識の源流と見なされています。


主要な教えと著作

ヘルメス・トリスメギストスが著したとされる文献群は「ヘルメス文書(Corpus Hermeticum)」と呼ばれ、西洋エソテリシズム(秘教思想)の根幹をなしています。

1. ヘルメス文書 (Corpus Hermeticum)

ヘレニズム時代(紀元後1世紀~3世紀頃)にギリシャ語で書かれた、17(または18)の論文からなる文献集です。多くは、ヘルメス・トリスメギストスが弟子のアスクレピオスやタトに教えを説く対話形式で書かれています。

主な思想:

  • 神・人間・宇宙: 宇宙は神によって創造された神聖なものであり、人間はそのミニチュア(小宇宙)である。
  • 人間の神性: 人間は肉体という「牢獄」に囚われているが、その内には神的な知性(ヌース)が宿っている。
  • グノーシス(認識): 修行や瞑想を通じて自らの内なる神性を「認識(グノーシス)」し、神と合一すること(救済)が究極の目的である。
  • 哲学、神学、宇宙論が融合した内容で、グノーシス主義や新プラトン主義とも深い関連があります。

2. エメラルド・タブレット (Emerald Tablet)

非常に短く、謎めいた言葉で書かれた文章で、ヘルメスの墓から発見されたという伝説があります。特にその冒頭の一文は、ヘルメス思想の核心として非常に有名です。

「下のものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし。これによりて、一なるものの奇跡は成し遂げられる」(As above, so below. As below, so above.)

意味:
この言葉は「マクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(小宇宙=人間)の照応」という原理を示しています。つまり、天界(上)で起きることは地上(下)に反映され、人間の内側で起きることは宇宙全体に反映される、という思想です。これは錬金術や占星術の基本原理であり、「宇宙の法則を理解すれば、地上の物質や運命を変化させることができる」という考えにつながります。


歴史的影響

ヘルメス・トリスメギストスとその思想は、西洋の歴史に非常に大きな影響を与えました。

  1. 古代~中世: グノーシス主義者や新プラトン主義者たちに影響を与えました。その後、イスラム世界に受け継がれ、特に錬金術(アルケミー)の研究において重要な文献とされました。
  2. ルネサンス期: イスラム世界やビザンツ帝国からヘルメス文書が西欧に再紹介されると、爆発的なブームを巻き起こしました。
    • 1463年、フィレンツェのマルシリオ・フィチーノが『ヘルメス文書』をラテン語に翻訳。当時、これはプラトンやモーセよりも古い「原初の知恵(Prisca theologia)」だと信じられ、絶大な権威を持ちました。
    • ジョルダーノ・ブルーノやピコ・デラ・ミランドラといったルネサンスの思想家たちは、この思想に深く傾倒し、キリスト教と魔術、科学を統合しようと試みました。
  3. 近代~現代:
    • 1614年、古典文献学者のアイザック・カゾーボンが、『ヘルメス文書』は古代エジプトのものではなく、紀元後のヘレニズム時代に書かれたものであることを言語学的に証明しました。これにより、その「古代の知恵」としての権威は失墜しました。
    • しかし、思想そのものが消えたわけではなく、表舞台から退いて、薔薇十字団フリーメイソンといった秘密結社や、西洋エソテリシズムの伝統の中で受け継がれていきました。
    • 現代でも、ニューエイジ思想や精神世界、オカルト、占星術、タロットなどの分野で、ヘルメス・トリスメギストスの名前と思想は重要な源流として参照され続けています。

まとめ

  • 人物: 実在の人物ではなく、エジプトの神トートとギリシャの神ヘルメスが融合した伝説の賢者
  • 教え: 錬金術、占星術、秘教哲学の祖。「上のものは下のもののごとし」という宇宙と人間の照応原理が核心。
  • 著作: 『ヘルメス文書』『エメラルド・タブレット』が有名。人間の内なる神性に目覚め、神と合一することを目指す。
  • 影響: ルネサンス期に絶大な影響を与え、近代以降は西洋エソテリシズムの源流として現代に至るまで生き続けている。

ヘルメス・トリスメギストスは、西洋における「知の探求」の、光の当たる表通り(科学)と、影の小道(秘教)の両方に、深く長く影響を与え続けた巨大なシンボルと言えるでしょう。

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この記事を書いた人

40代半ばより占星術を研究しています。途中仕事や子育てと学童の父母活動で進まない時期もありました。HPも一度は閉鎖してやり直している途中です。2022年より占いを専業として活動を再開しています。これからも色々な発表の場で活動したいと思います。

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