神智学とは何か?
神智学(Theosophy)とは、ギリシャ語の「テオス(Theos / 神)」と「ソフィア(Sophia / 智慧)」を組み合わせた言葉で、「神の智慧」または「神聖な智慧」を意味します。
これは、19世紀後半に提唱された近代の秘教思想体系であり、**「あらゆる宗教、哲学、科学の根底には、太古から受け継がれてきた一つの普遍的な真理(古代の叡智)が存在する」**という思想を核としています。神智学は、特定の宗教ではなく、古今東西のあらゆる叡智を比較・統合し、宇宙と人間の根源的な謎を探求しようとする壮大な試みです。
創始者と歴史
- 設立: 1875年、アメリカ・ニューヨーク
- 創始者:
- ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー夫人(H.P. Blavatsky): ロシア出身の霊媒・思想家。神智学の思想体系を築いた中心人物。
- ヘンリー・スティール・オルコット大佐(Henry Steel Olcott): 初代会長。組織の運営と世界への普及に尽力。
- ウィリアム・クアン・ジャッジ(William Quan Judge): 創始者の一人。
- 発展: 神智学協会は設立後、本部をインドのアディヤールに移し、世界中にその思想を広めました。
神智学協会の3つの目的
神智学の思想は、協会が掲げる以下の3つの公式な目的に集約されています。
- 人類の普遍的同胞心の中核を形成すること
人種、信条、性別、階級、肌の色の区別なく、全ての人間の根源的な繋がりを認め、同胞愛を育むことを目指します。 - 比較宗教学、哲学、科学の研究を奨励すること
特定の教義に偏るのではなく、世界の様々な宗教や思想体系を比較研究し、その奥にある共通の真理を探求します。 - 未解明の自然法則と、人間に潜在する力を探求すること
テレパシーや透視といった超常的な力や、目に見えない世界の法則など、現代科学ではまだ解明されていない領域を探求します。
主要な教義・思想
ブラヴァツキー夫人の主著『シークレット・ドクトリン(秘密教義)』などに示された、神智学の主要な教義は以下の通りです。
1. 宇宙の周期的進化(流出説)
宇宙は、唯一絶対の根源的実在から周期的に**「流出(emanate)」して現れ、長い時間をかけて進化し、再び根源へと還っていくと考えます。この宇宙の活動期を「マンヴァンタラ」、休息期を「プララヤ」**と呼びます。
2. カルマと輪廻転生
東洋思想の核心であるこの概念を西洋に広く紹介しました。
- カルマ(業): すべての思考、感情、行為には原因と結果の法則が働き、個人の運命を形成する。
- 輪廻転生: 魂は、霊的進化と学びのために、何度も肉体を持って地上に生まれ変わる。
3. 人間の多層構造
人間は目に見える肉体だけでなく、より精妙なエネルギー体で構成される多層的な存在であると説きます。
- 肉体(フィジカル体)
- アストラル体(感情体)
- メンタル体(精神体)
- さらに高次の霊的な体(コーザル体、ブッディ体、アートマ体など)
4. 人類の進化史(根源人種)
人類は、現代の人類に至るまで、巨大な大陸で栄えたとされる7つの**「根源人種(Root Races)」を経て進化してきた、という独自の壮大な歴史観を持っています。これには、有名なレムリアやアトランティス**の文明が含まれます。
5. 霊的指導者(マスター、マハトマ)
人類の進化を陰から導く、高度に進化した霊的存在(大師、Master)が存在すると考えます。ブラヴァツキー夫人は、チベットなどに住むこれらのマスターから霊的な通信(チャネリング)によって教えを受け、神智学の教義を著したと主張しました。
後世への影響
神智学は、19世紀末から20世紀にかけて、西洋の精神文化に計り知れない影響を与えました。
- 精神世界・ニューエイジ運動: 現代のスピリチュアル思想やニューエイジ運動の直接的な源流となりました。「チャネリング」「アセンション」「オーラ」「パワースポット」といった概念の多くは、神智学の思想にルーツを持ちます。
- 芸術・文学: 抽象絵画の父ワシリー・カンディンスキー、詩人W.B.イェイツ、作曲家アレクサンドル・スクリャービンなど、多くの芸術家が神智学からインスピレーションを受けました。
- 思想・宗教:
- ルドルフ・シュタイナーの人智学(アントロポゾフィー)は、神智学から分派して生まれました。
- アリス・ベイリーの教えも、神智学の発展形と見なされています。
- 仏教やヒンドゥー教といった東洋思想を西洋に本格的に紹介し、その普及に大きく貢献しました。
まとめ
神智学は、古今東西の叡智を統合し、「我々は何者で、どこから来て、どこへ行くのか」という根源的な問いに答えようとした、19世紀の壮大な知的・霊的ムーブメントです。その思想は、現代に至るまで、世界の精神文化、芸術、思想の「OS(オペレーティング・システム)」の一部として、見えないところで深く影響を与え続けています。