信じて行えば神が働く

おおよそこの世の中というのは、信じがたい事が満ち溢れている。

しかし、人は、その信じがたい事を

自分がやろうとすると

途端に

自信を無くしてしまう。

「いやいや、そんなの奇跡だよ」と

でもその軌跡を起こしているのは

あなた自身ではない

そこに神が働くからだ。

私たちのやるべき事は

信じ続けること。

「あああ、ついにプレマも、神がかり的な事を言う。イカサマ占い師になり果てたか・・・」

そんな声が聞こえてきそうだけど

でも、自分の周りで起きていることを

素直に振り返ってみれば

奇跡の連続だった。

ただそれが、あまりにも常識外れだから

書こうとはしなかった。

異常な人と、思われたくなかったから

でも、実際に私は変な人だ。

しかし、世の中には変な人が沢山いる。

いや、見方によれば変な人しかいない。

日本人は、普通の人が好きだ

でも、普通の人って何?

さて、今日のテーマは

「信じて行えば神が働く」

神は、奇跡を起こしたくてうずうずしている。

あなたは、そのきっかけを作れば良いという話。

「私が、その奇跡の主人公になりますって、宣言すればいい。」

まあそんなに大声で言わなくても

こっそりと言えば良い。

面白いことが

今から始まる、

いやもう始まっている

この文を、あなたが見てしまったという事

それはまさに奇跡の始まりに相応しい。

始まりは、そんなに

大げさなことではない

心の奥で、微かに

「こんなんだったら、いいのになー」

と言う、ツブヤキだ。

まずは、

それを否定しない

まずそこからやってみよう。

ホロスコープの、根本原理に、

「全ての事は、良くも悪くも、判断できる。」というのがある。

認める視点と、否定する視点。

あなたが、そうする理由と、しない理由。

それは、どちらもある。

多くの人は、その否定する理由を考える。

そして、その理由に支配されてしまう。

そして、神が働く場を 失う。

「こんなんだったら、いいのになー」

ハイそこまで、

先の理由を考えない。成功へのストーリーを考えない。

そして、その

「こんなんだったら、いいのになー」

を毎日、心の中で温める。

素朴なままで

小さなままで

そっと、願い続ける

そっと、祈り続ける。

そして、時がたって、振り返ると

「あれそういえば、今起こっていることって、

以前にこうだったらいいのになーって考えてたことだよなー」となる。

本当か?

今あなたのいる、自分の身の回りを見てごらん

「こうだったら、いいのになー」であふれている。

いやいや、こんないじめとか、失恋とか、失業とか、・・

嫌なことが沢山ある

というあなた

あなたは、以前

「こうなったら、いやだなー」と思ったりしなかっただろうか

そして更に、そうなる理由を考えた。

更に、そうなるストーリーを

以前見た、テレビとか映画とか小説とか

友達の話を思い出して

「そうなるかも」と思ったのでは。

私は、そうだったなーー(-.-)

そうなって欲しくない事って

恐れの感情をともなって

心の奥を痛めつける。

そして、そのことが頭から離れなくなる。

望んだ通りにならない事例は世の中に山ほどある。

自分もそうなる理由も思い当たる。

となって、いつの間にか

表面上は、絶対にああはならないと言いつつ

心の中でそれを納得してしまう。

「こんなんだったら、いいのになー」

望みは叶わないの

二つが

心に同居し始めると

神は働く場を失う。

矛盾の中には、神はいられない。

どっちか一つにしてくれって迫られる。

じゃ、どうすればいいのか

さっき書いたように

「こんなんだったら、いいのになー」

ハイそこまで、

先の理由を考えない。成功へのストーリーを考えない。

成功事例があろうがなかろうが

信憑性のある理由があろうがなかろうが

否定するものは、追い出す。

成功への一般論は、

「失敗したら、その原因を洗い出して

それを改め無ければいけない」 であったはず

でも、これは嘘。

これで成功できるなら

世の中みんな上手くいく。

第一に、

失敗したことを、思い出せば益々落ち込む、自信を失う

立ち上がる気力も無くなる。

第二に、

自分の過去を改める

否定するというのが、難しいというか、不可能。

なぜなら、

その失敗をに至る行動の理由は上にも書いたように

さんざん考えた結果なのだ。

嫌、よく考えなかったから

という理由の人もあるだろう

しかし、どんな人でも全く考えないで行動している人はいない。

瞬間でも、それは心に記録されている。

もう自分で解っている。

そしてそれを改めるという

自己否定する作業が最も難しい。

自己否定とは、過去の自分を今の自分が抹殺することだからだ。

これが、簡単だというなら、世の中に人殺しはもっと多いはずだ。

抹殺するなんて、できることじゃない。

じゃ、世の中の人は、どうやって立ち直って来たのか。

これから、あなたはどうやって立ち直ればいいのか・・・。

この先は、私の「信じて行えば神が働く」という本を読んでね

と書いたら、頭、殴られる。(笑)

大丈夫。

ちゃんとここに書きますよ。

それは

先ほども書いたように

「こんなんだったら、いいのになー」

ハイそこまで、

先の理由を考えない。復活へのストーリーを考えない。

これに尽きます。

私たちは、自ら存在する神じゃない。

ここだけは、全員同意してくれると思う。(笑)

生かされている存在。

肉体は、殺すことはできると自信を持っている人はいても

今これを読んで、ごちゃごちゃいろいろ考えている心というか魂というか

そういう目に見えない部分まで絶対に消滅させることができると言い切ることが

自信を持ってる人はいないだろう。

消えてなくなるだろうと、誰からか聞いたとか、そう思っているとか

その程度だろう。

私たちは、生かされている存在。

何かを上手くやることも、失敗することも。

ほとんどの部分で、自分以外の、他人とか環境とか

何かわからない、それを人は運と呼んだりするけど

それに動かされてきた結果でしかない。

それを、神が指揮していたのでは?

神というのが嫌ならば、天使でも守護霊様でも、ハイアーセルフでも

なんでも良いけど。

でも、私たちは、舵取りをしているのは、確かだと思う。

それが、自分という存在の唯一かもしれない。

どっちにしようかと何時も悩んで生きている。

それこそが自分なんだよね。

前進したり、後退したり、しながら、ほんの数ミリ前に進む。

こうなって欲しい、こうなりたいと思うならば

素直にそう願い

それを否定する考えが出てきたなら

サッサと、振り払って。

けろっと忘れる。

そして、足元の今やらなければいけない事を

一生懸命にやる。

あとは、神様が旨いことやってくれる。

65年間、生かされてきて、プレマが言えることは

それだけ。(笑)

おいおい、こんなこと書いちゃって

俺の人生、これで終わりじゃないよな。(笑)

まだまだ、

じたばたするだろうけど・・・

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