ただそこに居るだけで良い。(ある伝道師の話)

昔、ある未開の村に、一人の神の伝道師が法王の命を受けてやってきた。

その伝道師は、それまで多くの地域で伝道活動をして多くの信者を得て

ある場所では、立派な教会をたてるという実績をあげてきた

今回のその村でも頑張ってくるだろうと法王の周囲の人間も伝道師自身も思っていた

そして今までの様にすぐに伝道師は村の人と仲良くなり、さて神の言葉を伝えようとした

しかし、その瞬間

強烈な痛みが体中を襲い。倒れてしまった。

村人は、これは熱病にでもかかって、数日も持たないだろうと思った。

しかし、村人の看病もあり命を取り留めた

でもかろうじて生きているだけで

神の言葉を伝えるどころか、ただ毎日寝たきりで苦しむだけの生活がはじまった

そんな状態が2年も続き、法王は何の連絡もない事に心配し

様子を見てくるように人を遣わした。

遣わされた別の伝道師が村に着き、彼に会うと

2年前に本国を出発したその時の面影はまるでなく

痩せ細り、今にも死にそうな状態だった

2年間、彼は病気で一度も立ち上がる事が出来なかったと村人から知らされた

遣わされた伝道師は、彼を連れて本国に戻った。

しかし、本国に戻る途中みるみる元気になり

本国に帰り、法王にこれまでことを報告するころには元の姿に戻っていた。

彼は、任地の村では、ただ寝ていただけで教会どころか一人の信者を得ることもなく

それどころか神の言葉を一言も伝える事が出来なかったと涙を流した。

彼は、この二年を恥、何の実績もない事を罰して欲しいと法王に申し出た。

法王の周辺では、今までの彼の実績を羨んだり、妬んでいた者があり

彼は、罰を受けるに違いないと騒いでいた。

しかし、その話を聞いた法王は彼にいこう答えた。

「確かに、実績のない事は問題かもしれない、だが元気で帰ってきてくれたこと

それだけでも素晴らしい事だ。」

今まで、あの村に行った伝道師は周囲の村との戦いに巻き込まれて亡くなったり

逃げ帰ってきた。

今回は、争い事は無かったのかと尋ねられた

彼は、答えた

「それが不思議なくらいに、村は毎日、平和でした。」

今にも死にそうな私を見ると、今まで亡くなっていった家族や村人の事を思い出し

とても争いをする気になれないと村人は言っていました。

法王は言った。

「私たちが多くの場所に出かけて行って神の言葉伝える目的はなんだ?

人々が互いを思いやり平和に暮らすことができる世界を作る事だろう

お前は、この年間それを成し遂げたんじゃないか」

彼は、答えた

「でも、私は、神の言葉を一言も村人に語ったことはないんです」

法王は諭すように彼に言った

お前は大きな勘違いをしている

伝道をしているのは、私たちではなく神ご自身だ

私たちは身を捧げて、その手足になっているだけだ

どんな立派な実績があっても、それは神ご自身の実績だ

そうは思わなきかね」

伝道師は、下を向いたままだった

法王は続けた

「お前を病気にしたのも神だし、元気にしたのも神だ

お前を病気にすることで、この村を平和にしたのも神ご自身だ

お前は、そこに居るだけで良かったのだ

逃げ出さずに、そこに居続けた

それこそが神のお前に託した願いだった

お前は、この二年間、立派にその任務を成し遂げたんだと私は思う。」

伝道師は、恥じ入るように言葉を聞いていた

そして、答えた

「私は、今まで多くの実績が出たことをまるで自分の力だと思っていました

ですから、今回は神は私に語る事も何か村人の為に働くことも許さなかったのかもしれません

しかし、神はあの村を平和な村に変えました。」

しばらくして、伝道師は元の村に戻っていきました。

元気になって戻ってきた伝道師を見た村人は驚きました。

そして、彼の背後にいる神を信じました

布教活動はその後すごい勢いですすみ、大きな教会もたったと・・

この話は、ある人から聞いた話で本当にあった事か

その人の創作なのかは分かりません。

皆さんは、この話をどう思われますか

表面的には解らない事は沢山ありますね

そして、いつか時がたてば、その事の本当の意味を理解する時が来るのかもしれません。

ホロスコープは色々な事を教えてくれますが

それでも、やっぱり私自身が理解できない事は沢山あります。

でも、時間とともに分かることも増えています。

諦めない事も大切と思います。

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