すっごーーーーいお金持ちに、その気はないのに、プロポーズされたら

こんな設定は、そうそうないかもしれませんが
ものすごーーーーいお金持ちに何時もの様にディナーに誘われ
プロポーズされた時

本当は、あなたに心から結婚したい思う相手が他にいた場合

その後に、お金持ちの彼と一緒にホテルに泊まったり、彼の家に行ってしまったら

そのプロポーズの答えは、OKだったという事になりますよね
少なくとも他人から見たらそう思えますよね

もしも、その彼とのデートとか行動が
本当に好きな別の人にこちらを見て欲しいという企みというかサインというかだったとしたら

そのデートとか行動とか確実に本命の彼に知らせる為に
わざわざ、パパラッチに情報を流して、デートの場面を写真に撮らせて
彼に注目され、嫉妬してこちらに振り向いて欲しいが為に仕組んだものだったとしたら

あなたは、絶対に今日はホテルにも彼の自宅に行かないと
そのディナーの場所から逃げるように去ろうとしたとは思いませんか?

えええええ、これって、何の話?と思うと思いますが

更に、

お金持ちの彼は、こんなに高価な婚約指輪も用意したんだし絶対にプロポーズは受けてもらえると高を括っていたら

お抱え運転手に、「今日は二人ともこのディナーの場所であるホテルリッツに止まるから
この後の運転は無いよと」告げていたとしたら

運転手もそれじゃ、今夜は一杯やるかと、お酒をのっでしまったとしていたら

まさか、ダイアナが、突然今日は帰ると言いだしてしまったら

ホテルの外は、パパラッチだらけで危険だと引き止められても

「今日は絶対に、ここには泊まらないと」とダイアナが断固として言い出してしまったら

運転手は、今日はもうお酒呑んじゃっているし、運転できないと感じていたとしても、それがいえる状況ではなかったとしたら。・

まったく、想定外の事態がこの当事者たちのうえに起こった後

プリンセス ダイアナの悲劇は起こった。

女性の中にはこんな風に考える人もいたかもしれません。

「ホテルリッツのオーナーの御曹司でしょ
そんなの、どんな男だってOKよ
あとで別けれるにしたって、キッチリ慰謝料もらえばいいんだし

でも

でも

プリンセスダイアナの望んでいたのは、金でも名誉でも地位でもない

「真実の愛」

「ごく普通の愛」

「どこにも転がっているような、ごく普通の愛 」

だったのではないでしょうかねえ

だって、一般の女性の欲しがるものは

全て、全て、全て

彼女はもうすでに持っていたのですから

ただなかったのは、ごくごく普通の家庭

他の女性からは、全く注目されないような

普通の男からの愛情だったのだと・・・

diana-1

不倫相手の女性の存在を、強引に認めさせてしう権力者だったり

お金で全てを解決してしまう大富豪の御坊ちゃまでなく

母親に大好きな女性との結婚を反対されて、しょげてしまうような

「普通の男からの愛」それが欲しかった。

でも考えてみれば、憎んでさえいたような権力者や

大富豪のやり方をダイアナ自身がやり始めていたのだと思いますね。

占星術的には、女性にとって夫を表す太陽は、その夫を無くしてしまうと

自分自身の生きる姿として現れてきます。

女性性の象徴である月(ダイアナ)は、男性性の象徴である太陽の光(愛)によって光り輝きます。

自ら何も企てることなく受けるのみの象徴が月です。生まれたての赤ちゃんの様に母親や他者から面倒をみてもらえなければ生きていけない存在であったり、自然界の恵みなしに自分自身だけでは存在できない、肉体もその象徴です。

しかし完全な愛の持ち主の男性というのはこの世にはいませんから、結局太陽は、神の象徴であると考える方が正しいのかもしれません。つまりダイアナがもっとも輝くのは、不完全な一人の男ではなく、神だと思うと、彼女は人類から選ばれた神への捧げものになってしまうことになる。

絶対的な愛の持ち主の神の存在を信じる信仰者たちは、時にとても無力で弱弱しい乙女の様に見えたりします。

それでも良いんです。月の受ける愛というのは。無条件の愛です。本人の能力とか努力とか、美しいとか、美しくないとか、お金があるとか無いとか、そんなことは全然関係ないものです。

ダイアナが月ではなく、自ら輝く太陽の様に振る舞い人生を自分で主導しようとした時に世の人たちは月のダイアナとは違った別の面を感じはじめバッシングしパパラッチが群がりました。

月は光輝く部分だけなく、輝いていない部分も含めて月です。

新月でまったく輝きを失ってしまっても月は月です。だから、光の見えない、新月にこそ希望を持って、私はこんなことを望んでいるんだという事を、思い出すために「新月の願い事」というのは大切なのですが。もしも、ダイアナが恵まれなかったものに注目するのではなく恵まれたものに注目して、感動していたら・・・

世界中から羨まれるような素敵なおばーちゃんとして孫を抱いていたのかもしれませんね

しかし、だからと言って彼女の人生が失敗だったのか、間違いだったのかと言われればそれは又違う。

彼女は、死してなおプリンセスダイアナとして世界中から愛されている。

不幸な出来事と、幸福な出来事は、別の立場から見た同じことの真の姿です。

その人の過去の経験や立場から不幸だと感じている時に、その立場を離れてそれが幸せな事だと見つめ直す事は、それは心情的には苦しい事です。

誰にだって感情はあるし、手放したくない事はあります。でもそれを手放さなければ不幸の中から抜け出せない。

その抜け出せるきっかけを作ってくれるのも星の動きで、そのタイミングはあるのですが、

そのタイミングですら無視して不幸の中にとどまることで過去の自分を主張し続ける事、それこそが不幸だと思います。意地になっているとはそういう事ですが。これはもうその本人以外に変えることができない心情です。

次に、踏み出せば次の幸せが必ずやってきます。

見方を変えれば、その瞬間からでも抜け出すことは可能です。

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